フィリピンの最貧困地区

DVDケースを見る少年 2

2008年4月撮影 少年は落ちていたDVDケースの様な物を拾い、それをじっと見ていた。    

これはフィリピンのゴミの最終処分地であるトンド地区のスモーキーマウンテンとその周辺のスラム街、そしてケゾン市のパヤタス地区にあるゴミの最終処分地を撮影した記録である。

フィリピンの首都マニラ市にはトンド地区というバラックが立ち並ぶ「東洋最大のスラム」と言われるスラム街があり、そこにはスモーキーマウンテンと呼ばれるゴミ捨て場がある。

そこは以前は漁村だったらしいが1953年からゴミの搬入が始まり、1960年代からケゾン市のパヤタス地区にもゴミの搬入が始まったと言われる。

スモーキーマウンテンとは、ゴミの埋め立て地に埋め立てられたビニールなどのゴミが地中で自然発火し、常に有毒なガスが地中から出ている事からそのように言われる。

トンド地区のスモーキーマウンテンは1990年代にゴミの搬入がされなくなったが、数十年間積み上げられた巨大なゴミの山から歩いて10分程の距離にある場所にもまだダンプサイトと言われるゴミ捨て場があり、そのゴミ捨て場と周辺のバラックが立ち並ぶスラムには、子供も含めた多くのゴミの中から換金できるものを探し集めて生計を立てる人達がいた。(ゴミの中から換金できるものを集めて生計を立てる人達の事を「スカベンジャー」と言う)

初めて歩いてスモーキーマウンテンに向かっていた時、路上の真ん中には体長20センチはある丸々と太った大きなネズミの死体が路上の真ん中に捨ててあり、そのすぐそばを子供が平然と遊んでいた。

               

しかし、ここの子供達にはそんな光景は全く何でも無い日常であった。

ファッションを楽しむ女の子

2008年4月撮影 トンド地区のダンプサイトで、「おめかし」をしている少女に出会った。    

トンド地区の治安について

トンド地区は巨大な貧民街で、治安と衛生環境の悪さからトンド地区に隣接する町の住民ですら行かない場所である。

トンド地区を歩いていると一日のうちに5回以上「この辺りは悪いから気をつけてね」と声をかけられたのを思い出す。

パヤタス地区のゴミの最終処分地があるケゾン市で宿泊した時、ホテルの警備員にこれからトンド地区に向かう事を告げるとその警備員は急に真剣な顔付きになり、

「銃を持っている悪い奴らがたくさんいるのでホールドアップには気を付けてくださいね。」

と言い、隣で我々の話を聞いていた女性は吐き捨てる様に

「ハッ!、トンド!」

と言って同時に弓を射る仕草をした。犯罪を犯す者は、銃の代わりに弓を使う事もある様である。

日本に帰国した時、長年日本に住んでいるフィリピン人男性にトンド地区は本当に治安が悪いのかと訪ねると

「もし、トンドで事件があってもフィリピンの警察は決して一人では行きません。30人位で行きます。警察官でも銃で撃たれてしまう可能性があるからです。そういう場所ではボスがいて、住民が警察に何かを聞かれてもボスに何をされるか分からないのでみんな何も言いません。YKKです。」と言って口にチャックを閉める仕草をした。

トンドで生活をした事があるという女性2人にも会ったことがあり、その女性に同じ質問をしてみた。

一人はスモーキーマウンテン近くにアパートを借りていて夜仕事を終えてからタクシーでアパートに向かうとタクシーのドライバーが「ちょっとタイヤの調子が悪い。」と言い、タクシーを止めて車から下りてどこかに行ってしまったらしい。

少しすると全く面識のない男2人が女性の乗る座席の両脇に乗り、その男2人は手にナイフを持っており、女性に両脇からナイフを突きつけた。

ホールドアップにあってしまったのだ。

女性は恐怖のあまり持っている財布はおろか、ピアスの類いまで身につけている全ての金品を男達に渡してその場を逃れた。彼女がまだ10代の頃だった。

その女性は21歳のときに友人がトンドに住んでいた為、よくトンドに友人を訪ねていた。

友人訪れた時、銃声が聞こえたという時もあったが、それでも友人が住んでいた為2~3週間の頻度で訪れていた。

その後トンドでお祭りがありパレードがあるので、そのパレードを見学しようと訪れると、彼女の目の前で18歳位の他の町から訪れた男の子が首をナイフで切りつけられてしまうという事件を目撃した。

斬りつけられた首から吹き出た血が路面を染めた。

それ以来彼女は「絶対トンドには来ない。」と心に誓い、訪れる事はなくなった。

トンドに「DAGUPAN」という駅があり、もう一人私が質問をした女性は子供の頃その駅の前に引っ越してきてそこで住んでいた。

夜になると女性の家の前の路上で宴会が始まり、しばらくするとカラオケが始まり路上で宴会をしていた人達は歌を歌い始めた。

そして歌を歌った人が単にヘタクソという理由だけで金属のパイプで殴られ、殺されてしまう事件があった。

その後、女性の母親は

「こんな所には住めない!!」

と言い、恐怖のあまりすぐに実家に帰ってしまった。

ダンプに群がる人達

2008年4月撮影 トンド地区のダンプサイト 大人も子供も入り交じってより高く換金できる物を探す。
    

トンド地区を歩いている時に住民にインタビューをしていたテレビクルーを見た事があったが、軍用の銃を持ったフィリピン国軍の軍人数人がクルーを完全に警備しながらの取材であった。

しかし安全への配慮だろうかテレビクルーの姿は更に奥のダンプサイトや隣接するスラムで見る事は無かった。

フィリピン人のジャーナリストにも会った事があった。「PRESS」と書いた身分証を首から下げていた。

その時私がこれからスモーキーマウンテンに向かう事を告げると、

「悪い奴らがたくさんいるし汚いからやめろ。」と言い、

「私はこれから国会に行くからあなたも一緒に行こう。」と言った。

「あなたはスモーキーマウンテンに行った事がありますか?」

との私の質問に「No.」と言い、

国会の方が重要でスモーキーマウンテンに行く事は「Not important.」と言い切ったのだ。

私にフィリピンの国会に行く意味など無かったし、フィリピン人ジャーナリストですら行く事のない場所にこそ行く意味があると確信し同時にそのジャーナリストに怒りを覚えスモーキーマウンテンに「行かねばならない。」と心に誓い、そのジャーナリストと別れた。

wp用 ゴミ山の子供達

2008年4月撮影 トンド地区のダンプサイトで 劣悪な環境であるこのような場所で育っていく子供達もいる。    

幸福とは何か?

スモーキーマウンテンの周辺のスラムの一角に「PAROLA」呼ばれる地区がある。

私はビノンドというトンド地区の隣の町を拠点にしてトンド地区に通っていたが、そこで知り合ったおばあさんとジョセリーンという当時9歳の女の子とその母親が私をそこに案内してくれたのだった。 どうやら「PAROLA」は案内してくれたおばあさんが生まれた場所であるらしい。

そこはひしめく様に住宅が密集しており、その住宅地の中を案内された。

住宅内の通路と広場は非常に狭く人がごったがえしていた。しかし、どんな場所に行っても子供達がいて、子供達は人懐っこく可愛らしかったので、私はしばらくの間そこの子供達と遊んだ後にその住宅地から離れたのだが、そこの住宅の出口を案内してくれたPAROLAの住民が小走りに追いかけてきて

「Are you happy?」

と私に聞いてきた。

子供達と遊ぶ私が、楽しそうに見えたのだろうか。

「PAROLA」はトンドの中でも特に犯罪が多い地区で、経済面では裕福な日本から来た私がまさかPAROLAの住民にそう聞かれるとは思ってもいなかったので、私は頭を金槌で殴られた様な気がした。

日本はフィリピンと比べたら経済的には裕福だがフィリピンに比べたらはるかに孤独を感じる事が多く、フィリピンの人々は大人や子供を問わずものすごく陽気で、初対面である私をまるで古くからの友人の様にもてなしてくれた人達もおり、彼らには日本では感じる事のできない親近感を感じていた。

彼の言葉に、幸福について深く考えさせられた。

縦の少年

2008年4月撮影 トンド地区のダンプサイトにて 薄汚れた少年が右手にはおもちゃ、左手には換金する為に拾ったのだろうか、発砲スチロールを持っている姿が印象的だった。

変わりゆく町

初めてスモーキーマウンテンを初めとするバラックが立ち並ぶスラム街に来た時、なんて汚い場所だと感じたと同時に、どうせこの一帯の生活環境はずっと変わらないんだろうなと思っていたが、その一年後にトンド地区のダンプサイトとその周辺に訪れた時は一帯が大きく変化していた。

毎朝ゴミで埋め尽くされた道には交番がいくつも建ちゴミを道に捨てる事ができなくなり、スモーキーマウンテンに通じる道には新車の日本車が走り、非常に犯罪が多い地区である「PAROLA」の道にごったがえしていた人達は路上から姿を消し、近くの港湾に労働力として吸収された様であった。

そして、閉鎖されたスモーキーマウンテンの団地の周辺は公共の工事が進んでいて大きく変化していた。その光景を見た時は身震いがした。

マニラ市内の路上で生活している女性にこの事を訪ねると、マニラ市の市長が交代して劇的にマニラ市が変化したと言った。

私はこのとき政治の力の凄さを目の当たりにした。マニラ市民はよく

「政治家が貧しい人達から集めた金を自分のポケットに入れちまうのさ。」

と言っていたが、政治が変われば本当に市民の生活が変わっていくのだ。と強く感じた。

        

フィリピンの人達は底知れず陽気で、生きる事そのものの楽しさを知っている人達だと思う。彼らに学ぶ事はたくさんあった。

私はこれからも写真を通して彼らの姿を記録して行きたいと思っている。

CRALO.M.RECTO通りの朝 

 PAROLA

トンド 素材を取引する人達

トンドのダンプサイト隣の住宅

トンドのヴィタスの団地

トンドの新しいゴミ捨て場で

パヤタスのダンプサイト

ビニール類を集める人達

ファーストフード店の店内

変化するトンド

旧スモーキーマウンテンの上

旧スモーキーマウンテン横の団地

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